高松市の屋島の特徴メサとは?84番札所屋島寺の歴史は?アクセスは?

私の住んでいる高松市には奇妙な形の山が2つあります。yasima

一つは、前回ご紹介した人の顔のように見える五剣山で、もうひとつは今回ご紹介する屋島です。
屋島の形って、なぜ上が真っ平らなのでしょうか?
今回は、その屋島の形の特徴や山上にある第84番札所屋島寺の歴史、アクセスなどをご紹介します。

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高松市の屋島の形の特徴 メサって?

屋島の名称は屋根のような形状に由来し、その独特の景観は、高松市のシンボルになっています

また、いにしえからの海外交流交易海路のランドマークで、海路に面した要衝でした。
300px-Mt._Yashima
台地状の屋島が美しく見えるのは、山頂部を構成する硬質の讃岐岩質安山岩が急斜面を形成し、山腹の風化した花崗岩が緩斜面となる寺勾配(お寺の屋根のような勾配)をしていること、また山腹斜面に谷が発達していないことによります。

屋島の山頂は平坦で、四周は急崖で囲まれたメサの標式的なものです。また、山頂近くの遍路道に露出した通称「畳石」は美しい板状節理です。
その他、山上に露出した屋島礫層と、通称「雪の庭」と呼ぶ白色凝灰岩が分布しています。

 屋島は昭和9年にメサとしての地形・地質的特徴から国の天然記念物に指定されました。 

メサとは

水平な硬岩層が侵食に抵抗して生じた平坦な頂面と、
周縁の急な崖とをもつ台地の地形 (新版地学事典,1996)
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あるいは

水平な硬岩層におおわれ、周囲の一部を急崖で囲まれたテーブル状の高地
と定義されています。 (右図:地形学事典1981)

 

第84番札所 屋島寺の歴史・由来は?

屋島は高松市の東、標高293メートルの火山台地の半島で、那須与一の扇の的や義経の弓流しなどで有名な源平合戦の古戦場の史蹟で知られます84yasimaji

屋島寺はその南嶺にあります。

屋島寺は、天平勝宝のころ鑑真和上によって開創されたと伝えられます。

鑑真和上は唐の学僧で、朝廷からの要請をうけ5度にわたって出航しましたたが、暴風や難破で失明、天平勝宝5年(753)に苦難のすえ鹿児島に漂着しました。

翌年、東大寺に船で向かう途次、屋島の沖で山頂から立ちのぼる瑞光を感得され、屋島の北嶺に登られました。

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そこに普賢堂を建てて、持参していた普賢菩薩像を安置し、経典を納めて創建されたという。

のち和上の弟子で東大寺戒壇院の恵雲律師が堂塔を建立して精舎を構え、「屋島寺」と称し初代住職になりました。

弘仁6年(815)、弘法大師は嵯峨天皇(在位809?23)の勅願を受けて屋島寺を訪ね、北嶺にあった伽藍を現在地の南嶺に移し、また十一面千手観音像を彫造し、本尊として安置しました。

以後、大師は屋島寺の中興開山の祖として仰がれています。

屋島寺はまた、山岳仏教の霊場としても隆盛し、天暦年間(947~57)には明達律師が訪ねて四天王像を奉納されました。

現在の本尊・十一面千手観音坐像はこのころに造られており、国指定重要文化財になっています

やはり国指定重要文化財の本堂は鎌倉時代に造営されましたが、寺運は戦乱によって衰退しますが、国主・生駒氏の寺領寄進や、歴代藩主の援助により相次いで修築され、鎌倉・江戸時代の風格を現代に伝えています。

第84番札所 屋島寺へのアクセスは?

四国八十八ヶ所霊場 第84番札所 屋島寺は 正式には
南面山 千光院 屋島寺(なんめんざん せんこういん やしまじ) です。yasima-map

■ 車で行く場合のアクセス

高松西インターチェンジから国道11号線南バイパス・国道11号線を東へ。
マクドナルドのある交差点を左折しドライブウェイのゲートに着きます。

屋島ドライブウェイ(営業時間:午前6時30分?午後10時00分)自動車専用道路で二輪自動車125cc以下は通行不可

普通車で往復630円無料大駐車場あり、東大門まで約2分。

■ 公共交通機関を利用する場合のアクセス

1.ことでん瓦町駅から志度線で15分 ことでん志度線屋島駅 下車

ことでん高松築港駅から瓦町駅で乗りかえ(駅間約2分),志度線で琴電屋島駅下車(瓦町駅から約13分)
シャトルバスで山上まで約10分

ことでん志度線の屋島駅は、ピンクとブルーのレトロな駅舎が目印。改札を出ると、目の前に屋島が見えます。

2.JR高松駅から高徳線で屋島駅下車(約16分)

JR高徳線 屋島駅から ことでん志度線屋島駅までは徒歩5~10分です。

シャトルバスで山上まで約15分

まとめ

●屋島の名称は屋根のような形状に由来し、その独特の景観は、高松市のシンボルになっている。

メサとは「水平な硬岩層におおわれ、周囲の一部を急崖で囲まれたテーブル状の高地」と定義されている

●屋島寺は、天平勝宝のころ鑑真和上によって開創された。

弘法大師が北嶺にあった伽藍を現在地の南嶺に移し、十一面千手観音像を彫造し、本尊として安置した。

 

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